四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

悖る

 私の友達はもう1年半くらい、妻のある男性との交際を続けている。私はそれについて何かを言う立場にはないし、言いたいことも特にないが、彼女から意見を求められれば誠意をもって答えようとは思う。
 でも、相手の男性には家庭を手放す気はなく、それを独身の彼女も了解していて、それでも楽しいというのだから、やはり言えることは特になく、いくつかの散文的でテクニカルなアドバイス(係争になったときに彼女の不利を軽減し得るような)だけ伝える。
 個人が特定できないレベルに脚色した上で、同僚の既婚男性に上のような話をして「不倫が楽しいのはやはり禁忌を犯しているからなのだろうか」と聞くと、彼は「自分は不倫したことはないが」と丁寧に前置きして、こんなことを言った。
「配偶者がありながら別の異性と関係をもつということは、その異性を完全には尊敬していない、ということだと思うんです。尊敬していれば相手を不幸にする可能性が著しく高い行為は選択しない」
 私はちょっと鼻白んで、それはいくらなんでもイイ子ぶり過ぎなのではないかと応じる。
「そうじゃないんです。僕がどうとか倫理がどうっていう話じゃなくて、有り体に言うとセックスの話なんです」
 彼は続ける。
「セックスって暴力を内在させているので、これは必ずしも男性から女性へという方向性だけじゃなくて逆もあると僕は考えますが、本当に尊重し合っている者同士のセックスって、少し本質的でなくなるんじゃないでしょうか」
「本質から遠ざかったセックスはどうなるの」
「単純に快感が減ります。たぶん。もちろんお互いを大切に認め合うような触り方ってあります。けどそれは、お互いにほんの少し『相手を傷つけてもいい』と考えている者同士のセックスに比べると、圧倒的に快感が弱い」
 もちろん、と彼は続けて
「レイプを肯定するわけではありません。それはただの暴力です。そうじゃなくて、お互いの合意のもとに暴力性を行為の中に反映させるということです。それには不倫という関係がちょうどいいのではないでしょうか。夫婦間でも喧嘩の後には云々とか聞きますね。僕はそれも経験ありませんが」
 オフィスで昼間っからセックスの話をしているのもどうかと思うが、その話題に照れるような年頃でもない。自らの体験に照らしてみて、彼の言うことには思い当たるところもなくはなかった。
 一定理解できるが男女差もありそうな話だねと言うと、彼は頷いて、
「それもあるかと。というか、これ全部僕の想像ですから。童貞が女性経験について喋っているようなものだと聞いてもらえれば」
 私は思わず笑ってしまった。申し訳ないが彼は確かに童貞という言葉がどこか似合う。結婚してだいぶ経っているけど。
「僕は暴力が苦手です。だから僕にはセックスアピールもありませんよね?」
 一応そんなことはないのではと言ってみたが、
「男性アイドルなんて、僕に言わせれば攻撃性の塊です。特に海外のアイドルなんかは」
 アンタらはああいうのが好きなんでしょ、と言わんばかりの表情で偏見を露わにする彼を見て、反論しようかと思ったがやめておく。
 童貞に言っても仕方ないし。