四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

散在の所

 離宮といえども賤しき者を立ち入らせるのはいかがなものかと進言したのは如何にもな見た目の古参の大臣だったが、彼自身もその言葉を王が聞き入れるとは思っておらず、ただ自分の役割を皆に示すためだけの言であることは、その場にいるほとんどの人間が理解していた。回遊できるように庭園内に巡らされた水路に屋根のない舟を浮かべて催す宴に、珍奇な衣装で好奇心旺盛な王の目を惹いた旅芸人たちが参加することを妨げるものは他になく、赤蜻蛉の乱れ舞う大池の上に設えられた板張りの舞台の上、旅芸人たちは或る者は獣の牙か角で作られた管楽器を吹き、或る者は喉を奇妙に震わせて旋律を吐き、或る者は海獣の髭を弦にしてその一本だけで多彩な音を奏で、或る者は人間の頭骨を思われるものを別の棒状の骨で叩きながら恍惚とする中、それぞれに薄汚れた身なりの者たちのうち最も背格好が小さくしかし最も目立つ男に王の目は釘付けとなった。
 元々は鮮やかな真紅であったであろう衣と石や骨を鈴なりに連ねた装身具と思われる物を身につけた小男は、跳ね回り翻り止まり急に動き四肢をそれぞれ別の生き物のように動かしてしかし目線はそれらを統治する意思をもって艶やかに揺蕩い、宴にいたもの全てを睥睨してその心を跪かせるのだった。
 その舞楽と十分な酒によって宴は正体を失い、喧嘩や乱交もそこかしこで起こり始める中、かの者の踊りにたいそう感銘を受けた素直な王は、貰うべきものを貰い離宮から立ち去ろうとしていた旅芸人たちを自らの前に呼び出し、彼に宮廷舞踏家としての地位を用意するので旅を辞め宮中に留まらないかと提案した。
 踊り子は断った。
 古今東西の芸術に通じる王はなおも、彼の舞踏は非常に文化的価値のあるものなので、国の力で保護し後進育成にも力添えしたいのだと言った。
 踊り子はなおも拒否し、退去しようとした。
 慈悲深い王は怒りを示すこともなく、大臣の諌めも無視し、決してさほど芸術的に評価していたわけではない楽曲を奏でていた彼の一族郎党皆をまとめて宮中に住まわすことも約束した。その上で公平さを旨をする王はこう言った。
「お前たち踊り子や楽団が、いかに差別的な扱いを受けているかは知っているつもりだ。これは世の中の歪みだと言えよう。私はそうした差別心はもっていない。お前を、お前の能力だけで評価する。お前も、お前の家族も仲間たちも、もうそんな酷い生活を送ることはない。」
 踊り子は観念した様子で、しっかりと王に向き直り、こう告げた。
「ああ、俺たちは不自由さ。街では入れない所ややっちゃいけないことだらけ、理由なく嫌われ蔑まれ疎まれるし、唾を吐きかけられても棒で打たれなかっただけましだと思うくらいだ。
でも世の中、できないことよりできることのほうが比べものにならないくらい多いし、俺らを拒む場所なんてこの広い国のほんの一部分に過ぎない。
俺たちはどこにでも行ける。決まりに縛られもしないし、大切に持っておくもんもないからいつでも身軽に動き出せる。
あんたらから見れば俺らは可哀想な爪弾き者なんだろうが、俺らからしたらあんたらの方がよっぽど窮屈で哀れに見えてるんだ。
俺らから自由を奪わないでくれ。
俺らをあんたらの理屈の中に閉じ込めようとしないでくれ。そんなことをされたら俺たちはあんたらの作った決まりやら何やらに取り込まれて、それこそ“哀れな爪弾き者”として定着しちまう。
それに」
 ふうと息をついて踊り子は続けた。
「あんたらの理屈の中に入ったら、俺の踊りはつまんなくなるだろうよ。そうなったら俺もあんたもみんなも全員がただ失うだけだ」
 勿体ない、いやよく言った、などてんでに感想を喋りながら旅芸人たちは去り宴も盛りを過ぎて、後には秋風が月を映す大池の水面をただ揺らすだけだった。好奇心旺盛かつ素直で古今東西の芸術に通じ慈悲深く公平を旨とする王は、踊り子の最後の言葉を理解できずにいた。おそらくは幸福なことに。