四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

或る告発

或る男「貴様がかき集めた資料から推察したその結論は正しい。事実に沿っている、という意味で“正しい”。ただし、その事を公表することは正しくない。わたしはその行為に手を染めていない、という前提のもとに、世界は既に動いている。それを根底から覆すことから生まれる経済的損失、人々の精神的痛手は計り知れない。私の話ではない。その傷は最早私とは直接関わらない者達にとって大きすぎるものになるであろう。」
或る弁護士「言っていることはわかる。ただ、間違った基礎の上に構築されたシステムは、それ自体が間違っている。それはやはり打倒されなければならない。」
男「非建設的、というより、粗暴で野蛮な考え方だ。国家はどうだ、法はどうだ、人間社会そのものは。間違った基礎の上に構築されたシステムを、貴様はすべて破壊できるのか。」
弁「無理だろう。私の力では。ただ、私は私ができる範囲での正義を貫く。」
男「それは単なる自分本位の安易なヒロイズムだ。後世、お前の蛮勇を評価するものは、ひとりも存在しないだろう。」
弁「そうだろう。事実、現在においても、依頼人からの依頼が既に取り下げられている以上、私の行為が世界の誰にも受け入れられないことは明白だ。」
男「ならば、なぜ」
弁「このやりとりが、いや、私の一連の行動全てを含んだこのいきさつが、一冊の本に物語として描写されているとしよう。私もあなたもその本の登場人物であると。だとしたら、その本の読者は、ほとんど全てが私の行動に賛同するだろう。その視点こそが神の視点だ。」
男「だとしたらその神とやらはただの想像力不足だ。」
弁「そう。彼(ら)は物語に脳を汚染された、定型的な文脈でしか物事を把握できない者(たち)だ。幼い頃から作り話を叩き込まれてきた者(たち)だからだ」
男「そんな客観的判断力に劣る愚者どもの視点が、何の役に立つというのか。作り話などという人間の目を曇らせるだけのものに、何の意味があるというのか」
弁「結局、人間がよすがにする道徳などというものは、もともとはフィクションの中にしか存在しないものだ。私にとってもそうだ。」
男「お前はおそらくこの事実の公表により、社会的にもしくは物理的に死を迎えることになる。遠からず確実にそうなる。作り話に淫して人生を終えるつもりか。」
弁「本望だ。およそフィクショナルなもの以外に、人生を懸けられるものなどあるだろうか。」