四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

呪いが解けた世界で

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 音楽に世界を変える力はないわ。映画にも、小説にも、誰かの言葉にも、思想にも。そうして全てのものから神秘性が失われて、あけすけになって、さびれて、それぞれが一片のデータ以上でも以下でもないものに矮小化されて、でもそんなことは元々知っていたことだよっていうふうに誰もが振る舞ってる。世界を変えるなんて期待してなかった、みたいな顔をしてる。

 ねぇあなたは魔法をかけられた体験があるかしら。音楽でも、なんでもいいわ。
 そうなのね。でも、そうやってエピソードとしてわたしに話せる時点で、それはもう魔法じゃないんじゃないかしら。言語化できて他者と共有できる魔法なんてある?
 騙し討ちみたいでごめんなさい。でも、本当はあなたももうわかっているんでしょう?
 魔法だと感じてた関係や体験それ自体も、ただのデータになり始めているって。

 手軽になる事は、価値を失う事。その事物とわたしとの間の、物語性を失う事。
映画も書物も音楽も、そして人との繋がりも。
 物語性が失われた世界では、全てが平等にストアに並ぶ。そしてわたしはそれを勧められるがままにカートに入れる。あとは決済。
 それでわたしはわたしという無機質なデータに、新規の外部データを加えるの。それだけ。
 
 みんなこの世界のデザインが致命的に間違っていることにはずっと前から気付いているのに、それを変えられないと諦めてしまった。
 変える方法を失ったというより、もとより持っていなかったことに気づいたんだもの、当然よね。

 でも、こうも思うの。
 世界を変えるとしたらシステムをまるっと変えるしかない。
 で、仮に新しく素晴らしいシステムができたとするじゃない。でもそれをシステムだと認識できてしまう時点で、システムの外側に視点が生まれてしまう。そのわずかな瑕疵から再び不幸は流れ込んできてしまうんじゃないかしら。
 というか、わたしたちはそんなことをずっと繰り返してきた気がする。
 完全なシステムという幻想。
 だとしたら、完全なシステムを作れると勘違いさせていたのは、世界を変えられると思い込ませていたのは、魔法なんかじゃなくて呪いよ。
 そんなの、解けてよかったんじゃないかしら。

 呪いが解けた世界はどう?
 殺伐として無機質な、色のない砂漠のように感じられるかもしれない。
 でも、もともとそうだったのよ。
 ここは、ずうっと、そういうところだったの。
 それに気づけたの。だからこれは進歩なのかもしれない。

 納得はいかないと思う。
 喪失感も消えないでしょう。
 できることは一つだけ。

 存分に呪いなさい、世界を。あなたにはその権利がある。