四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

問と解

問)空間上の任意の2直線について、それが同一平面上にある確率を求めよ。

 基本的に僕達は皆、いつもねじれていて、交わることはない。 だからこの状態にはなんの不思議もないのだ。
 僕は寝返りをうち、ベッドの右手にある窓のほうへ向き直る。冷たい空気とトレードオフの遠くまで見える視界。5階の高さでもすぐ前に川があるので展望は開けている。川の先に見える下町のほうへ手を伸ばし、その先に聳える電波塔を親指と人差し指でつまむように挟む。奥行きのない世界なら。僕の指先に塔の先端がチクリとした痛みを与えたかもしれない。でも世界は平面ではなく、当然僕の手の届く範囲はごく限られている。
 レバーを操作してベッドの上半分を少し起こす。そのひどく緩慢な動きが、ベッド上の物体への過度な気遣いが、僕に否応なく自らの病を再確認させる。
 文庫本を手に取るが、内容が頭に入ってこない。
 正確には、どのセンテンスも全て彼女のことを想起させ、その度に思考は好き勝手な方向に拡散していく。単純に彼女についての記憶が呼び起こされたり、今自分が感じとったことを彼女にどう伝えようか思案したり、彼女と自分を繋ぐヒントが含まれていないか血眼になって探したり。
 もはや読書とも言えない行為で脳内は入眠直前のようにばらついてまとまりを失っていく。もちろん僕は彼女への手も届かないことを理解してはいる。いるのだが。
 本を置き、結露して表面が濡れそぼっているペットボトルのお茶に手を伸ばす。雫が膝もとに垂れ落ちて寝間着を濡らす。腿が冷たいが、口に含むお茶はぬるい。
 ベッドの上にテーブルをスライドさせてペットボトルを置く。うまく閉められなかったキャップが手からこぼれ落ち、床で安っぽい音を鳴らす。テーブルの上で飲み差しのボトルは安定して立っているのに、ただ蓋がないというだけで異様な不穏さが辺りに満ちる。
 寝巻きに染みた水分は乾く気配もなく、大腿部の肌に違和感を超えて鈍痛を与え始める。
 床に落ちたキャップを忘れた僕がそれを踏んで足首をぐねる未来を想像する。
 全ての装置がそこに棲む者のケアのために設えられたはずの病室で、僕をケアするのが最終的には僕一人だという当たり前の事実に突き当たる。

解)空間を格子状のものとして定義しない限り、解は求められない。

 しかし僕が窓の外にこうして手を差し伸べて掴もうとする空間は、そこにある直線を束ね持ってやろうと握りしめる虚空は、
 なめらか過ぎる連続性をもった無限の大きさで。