四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

『冬の夜ひとりの旅人が』(未読)

 今年も不発弾の季節がやってきた。
 セミの轟音にかき消されがちな町内放送が処理予定の日時を必死で伝えようとしている。
 明後日の午後にやるらしい。いつもと同じ「避難勧告」もしてるけど、もちろん避難する人間など町にはいない。ぼくたち子どもはみんな処理現場を見にいくのを楽しみにしてるし、処理を担当する人たちも、ぼくたちや大人の野次馬を本気で避難させようとはしない。
 そもそもこの町から、どこに避難するというんだろう。

 祭というものがあった。
 春太じいちゃんは言う。知識としては一応知ってる。動画も見た。なんか火をつけたり踊ったり、みんなでワイワイやる、意味やノリはわからないけどたぶん楽しそうなやつだ。
 じいちゃんが子どもの頃、悪い病気が流行って以来やらなくなったそうだ。今はもう病気は怖くないけど、でもみんながやり方を忘れてしまったんだとじいちゃんは言う。
そんなことあるんだろうか。なんか本に書いてあったりしないのかなと思う。
 でも、ほかにもいろんなものがなくなって、戻ってこなくなったそうだ。「たとえば人と手を繋ぐ、その具体的なやり方はわかるだろう。手を差し出して相手にお願いすればいい。でも、そもそもなんで手を繋ぐのかわからなくなってしまうと、これはもう難しい」

 そんなに昔は楽しいことだらけだったんだろうか。知らないことだから悔しい気持ちはちょっとあるけど、うらやましいとは思わない。
 今だって不発弾の処理みたいに盛り上がることがあるからいいじゃんと思う。
明後日が楽しみだ。

 配給のトレーラーが来るのを美月ばあちゃんが待ち受けている。来るのはまだ30分は先なのに、いつも通り年季の入ったクーラーボックスにドカッと腰掛けて、汗を拭きながらじっと道路の先を眺めている。
 自動運転だから到着時間がズレることはほとんどないし、あったとしてもその通知は事前にくるはずだし、そもそも充分すぎる量の物資が届くのだから、早く来て順番待ちをする必要がない。でもばあちゃんは3日に一度トレーラーが来る日には必ずそうする。

「並ぶのが好きなのよ。」ばあちゃんはそう言って笑う。いつも無表情なばあちゃんが笑うのは昔の話をする時だ。ばあちゃんが座る位置をずれてくれたから、ぼくは横に座って続きを待った。
 昔、この町にはごはんをつくって人に食べさせてくれるところがあったらしい。トレーラーに積んでるようなごはんの材料をいっぱい集めて、自分の家族だけじゃなくて町のみんなのためにごはんをつくってくれる。ごはんをつくるのがとびきり上手な人が、食べる人の注文に合わせてつくるというからすごい。
「だからいつも大人気で、そこには行列ができていたのよ。でも、並ぶのも楽しかった。」
 町の人たちがみんな並んだら大変だ。並んだのに食べられない日もあるかもしれない。
「そう。しかもあの頃は別の町からも人がたくさん来たりしたから。でもね、そういう場所は一か所だけじゃなくて町中にあったから、並びはしたけど食べ損なうことはなかったかな。」
 ぼくにはあんまりよくわからない話だったけど、ばあちゃんがうれしそうでよかった。ここじゃない別の町があるというのだってぼくにはぴんとこないけど。

 トレーラーが来たのでばあちゃんと別れた。
 ばあちゃんは保冷庫の扉を開いて入ってった。そのときは、なんだかちょっと寂しそうに見えた。
 昔はいろんなものがあって、いろんな人がいて、いろんなことが起こったんだろう。でもぼくは今の町に満足している。じいちゃんやばあちゃんは満足してなさそうだから可愛そうだなと思う。不発弾処理だってあるし、だいたいは意味がわからないものばっかりだけど、面白い動画だってたまにはある。
 あんまり悲しまないでほしいな、と思いながらトレーラーを少しの間眺めていた。

 不発弾は不発だった。
 爆発するかも、という望みは今回も叶えられなかったけど、やっぱり処理作業の見学は盛り上がった。
 この夏はこれが最後の不発弾になりそうだ。夏の前の雨で地形が変わる時だけぼくたちは不発弾を見つけることができる。今回も東の山が大きく崩れて、そこを工事してて3つほど見つかった。その工事も終わりそうだ。
 また来年もひどい雨が降ってほしい。見つかる不発弾が多ければ多いほどいいと思う。

 爆弾が爆発したら、どんな感じだろう。もちろん死ぬんだろうけど、すぐに死ぬのか、吹っ飛ばされてる間は生きてたりするのか。手がなくなったりしても、ちょっとの間は生きてられたりするのかな。どんなだとしても、一生に一度しか味わえないすごい体験になるだろう。
 みんなそれを楽しみにして毎年夏が来るのを待っている。
 死ぬのはもちろん怖いけど、みんなが一緒に死ぬんだからそこは安心だ。誰かが死んで悲しいのは、誰かが生き残ってしまうからだ。みんながいっぺんにいなくなれば、悲しみもない。

 空は綺麗だけどすることのない秋が来て、やがて冬になった。
 ある朝、トレーラーではない見なれない車が町にやってきた。
 人がひとり乗っていて、自分で運転してきたという。どうやら他の町に行こうとして迷い込んでしまったらしい。巡礼者だという。それが何の仕事なのかも、何のために他の町に行こうとしていたのかもわからなかったけど、町のみんなは親切にしてあげて、2日後にその人は町を出ていった。

 その次の日、その人の面倒を一番よくみていた美月ばあちゃんが死んだ。その2日後に海斗じいちゃんも死んで、あとはよく覚えてないけど、だいたい年齢の高い順に死んでいった。
 旅人がもち込んだよくない何かだと気づく頃には、ぼくと同じ年の子も死に始めた。何をしても症状は決して良くならないし、みんな同じようにどんどん具合が悪くなっていって同じように死んでいった。そのうちトレーラーがこなくなって、それでもあと半年分くらいの保存食はあったけど、それまで生き残る人がいないのはみんなわかりきっていた。
 みんな一緒だからそんなに嫌じゃないけど、やっぱり爆発のほうが良かったなぁと、息ができなくなる少し前に、思った。