四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

凍っていた言葉(上)

 旧国境を越えて海岸線沿いに北上し、目指す場所がやっと見えてきた。
 レンガ造りの倉庫は形を保ったまま斜めに突き刺さるようにして、地面を分厚く覆う灰の中に半ば沈んでいる。間口は幅5m強、奥行きの長さは全貌が見えないので分からないが、沈まず見えている部分だけでも20m以上はある。
 三角屋根も正面側の壁だけにある小さな窓も破損している様子はなく、サンドクルーザーを停めた僕とシオネは思わず歓声を上げる。
 底面だけ広く円形に延ばした靴、通称・砂蜘蛛に履き替えて、灰に埋もれてしまわないように慎重に倉庫に近づく。地面から浮いて宙に持ち上がった格好の正面部分は地面から3mほどの高さにあった。シオネが器用にカギ爪付きのロープを使って進入経路を確保する間、僕は手元の端末で倉庫の情報を検索する。
 やはり該当情報はない。ということは大更新前のものであることは間違いない。保存状態もいい。今回は期待がもてそうだ。
 シオネは既に地面を離れて倉庫の扉の前に到達していて、屋根から吊り下がったロープに体重を預けながら、
「開かねーけどレーザー使っていいのか」
とまた粗雑な提案をする。
「アカンに決まってるやろ。中のもんはえらい繊細なんやで」
 聞こえよがしに舌打ちして携帯カッターを取り出すシオネ。中のものが残っていればいいけど。僕はそう祈りながらシオネが木製の扉に穴を切り開くのを待つ。

 頭上から投げ捨てられた扉の一部を拾って確認する。全く腐敗が進んでいない。大更新後の凍結度が高い遺構だということだ。側面に全く窓がないというのも、太陽光にナイーブな物体が保管されていることを示唆していて、期待は高まる。
 もしここが噂に聞く「図書館」なら最高だ。旧代の言葉で、いわゆるアーカイブセンターのことを示すらしいが、サーバもディスクもなく視認可能な状態に出力されたデータの束を収納していたという。その出力物は植物性繊維で作られているとされ、大更新後に残っているものは未だ見つかっていない。
 大更新で全ての電子データは消滅したわけだから、つまり「図書館」という存在自体、大更新を跨いで生き延びた人間が口伝で遺した不確実な情報でしかない。ただの伝説と見る向きもある。
 ただ、僕たちのように一攫千金を狙った…
「クセぇ!」
 空けた入り口に顔を突っ込んだシオネが叫んだ。

 防護マスクは持ってきてないなと舌打ちしながら、
「どんな臭いや? ヤバかったら一旦降りぃ」
と訊くと、今度は
「うん? いや――いい、匂いだ」
などと言い出す。こっちに向けた顔がやや赤らんでいる。僕は不審に思いロープを登る準備を始めながら、手元の端末でシオネのバイタルを確認する。心拍数がやや上昇しているが危険域ではない。

 シオネは倉庫の正面の表側に50cmほど張り出した床に足場を確保して、扉の内側を覗き込む。
「灯りはまだアカンで」
と言う僕の言葉に、分かってると手の動きだけで答え、シオネは斜面になっている倉庫内部への侵入の準備を始める。僕はその間に彼に追いついて、彼を驚かした匂いを共有する。
 下からでは嗅げなかった香りがこんなに強く扉から漏れている、つまり空気より軽い気体、おそらくは揮発性の物質。ただ香気成分の要素が多すぎて特定が難しい。嗅ぎ取れるものだけでも優に10種は超える別種の香気がある。
 しかし間違いなく含まれるのはC2H5OH、エタノールだ。

 図書館ではなさそうだった。
 倉庫の中には直径1mほどの円筒形をした木製の容器らしきものが整然と並べられている。倉庫の長辺に沿って2列の通路ができていて、円筒の底面を通路側に向けるようにして容器の列が都合4列並び、それぞれの列に天井まで3層にわたって容器は積み上げられている。床がここまで傾いていても容器が奥の方に転がっていないのは、各容器がしっかりと金属製の什器に固定されているからだ。
「化学物質の倉庫やな。残念ながらお宝は無さそうや」
と言うと、シオネはどうしようもないバカを見るような目で僕を見て、一瞬何かを言おうとして口ごもる。

 

つづく