四次元くずかご

自分のかたちを知るために、ことばを連ねてみたなにか

尋隠者不遇

 そんじゃま、そーゆーことで、っつって出てったのが俺の中学の時の同級生と思われる男。思われる、いうんはつまり確証がないからであって、あいつがホンマに吉田くんやったんかを俺はまだ疑ってる。
 でももうミッションは始まってて、俺は失踪したあっくんを捜さんとあかんことになった。とはいえ中学以来会ってもいない過去の同級生を捜すなんて探偵でもない俺には手立てすらない話で、だいたいホンマに失踪したんかっていうんも怪しい。
「この県に来てるはずやから」と吉田くん(よっしん)を名乗る男は言ってたけど、田舎の県や言うても広いしアホみたく人が多いのは多分彼も分かってて、あん時の同級生でこの県にいてんのは俺だけやから一応頼みにきたというか、ここに住む人間に頼むことまでが自分のミッションであると決めてたみたい。肩の荷おりたわーって感じで帰っていった。
 そのしゃべり方はよっしんっぽいようで、大人っぽすぎるようで、でもそれが年相応な感じもして、だから俺も「よっしん」ではなく「吉田くん」とか微妙な呼び方したわけで、そもそも奴とも中学以来やし、しかもほぼ用件しか話さんかったから、確証もないけど、偽物がよっしんを名乗って俺を騙すメリットも思いつかん。
 そんな感じで納得はいかんままに、それでも俺は持ち前の責任感を発揮して重い使命をしかと受け止め、すぐに会社に電話して明日から行かない旨を告げた。もちろん引き止められるなどということもなく。
 貯金額を確認し、これならひと月はあっくん捜しに専念できそうやと見込む。その後は見つけられたにせよそうでないにせよ、死ぬかまた仕事するかになる。その二択は俺にとってはほぼ同じ意味。
 やるべきことがあり、何より期限がある。俺はこういう部活みたいなんが好きやわ。終わりが決まってないとしんどい。というわけで今NOW俺はめっちゃ生の充実を感じている。漲る力を発散させるために3曲ほど歌う。またアパートの掲示板に「放歌高吟を禁ず」と書かれるやろうが気にせえへん。俺の歌声を聴けるだけ幸せやと思わんといかんね、少なくとも芸術を理解するホモサピエンスならね。
 何から取り掛かるか。まずは飯だ。まずは俺自身を整える、ええね、我ながらできる男感がある。
 食べたいものが自分では分からん時はコンビニが教えてくれる、というわけで最寄りのコンビニで俺の心を動かした食物を手あたり次第に買い込む。船出は景気が良くないといかんしね。カネを惜しむつもりはないがレジで3千円を超えた時は少し声を上げてしまった。
 テンションは高いが食欲は普通で、買ってきたもののうちホットコーナーで買ったもの(アメリカンドッグとか)をまず平らげて、賞味期限の近いものから食っていくと一瞬で補給タイムは終了する。大量の食物がテーブルの上に残る。
 まあいい、まずは情報収集で逆に家から出ないというパターンも考えられる。3日、いや1週間は部屋にこもってネット上であっくんを捜すとするか。いずれにせよ1週間後にはこの部屋を追い出されるわけやし。

 無為に過ごした、とは言いたくないね。いろいろ調べたしね。スマホでね。まぁアダルトサイト見てた時間も長かったかもしれんけどね。でも地域掲示板とか見たりしたしね。成果はあがらんかったけども。
 そもそも今のあっくんの顔写真もないのに捜せるわけないやん。本名と出身中学、中学ん時住んでたマンション(号棟と階数までは覚えてる、俺もなかなかすごい)くらいしか情報ないし。
 SNSも見たね。初めてやったけどあの会員制のやつ、なんかうちの中学、俺の代の同窓生のコミュニティとかあるんよな。そこで聞いてみようかとも思ったけど、「お前誰やねん」って覚えられてなかったらキツいし遠慮しておいた。まぁそこにおったんは「いかにも」いうか、なんかクラスの真ん中の方におったなぁって奴らだけで、あんな奴らはどうせなんの情報も持ってへんやろう。
 滞納分の家賃はチャラになったわけやから、追い出された格好やとはいえ、俺は勝ったと言ってええと思う。Wi-Fi入ればどんなとこでも、っていう感じで決めた仮住まいはやたら咳き込んでこんる宿泊客ばかりの、ターミナル駅の一個隣の駅にあるビジホ。うん、たぶんギリビジホ。
 できる男である俺はこの住まい探しの間もあっくん捜しの手を緩めない。何故か電話に出ないよっしんを諦め、高橋に連絡、あっくんの最近(といっても5年前)の写真を送ってもらった。
 高橋があっくんの失踪にも、それを俺が解決させようとしてることにも完全に興味がなかったのは意外に感じたが(めっちゃ早く電話切るやん)、もともとアイツは冷淡というか、他人は他人、みたいなところのあるやつやった。どの高校受験するか最後まで言わんかったし。
 隣で乾燥機かけてるやたら肌の浅黒い男が、身体を内側から裏返しそうな勢いで咳しまくってるのを横目に、俺は洗濯機を回す。洗濯コーナー付きのホテルやったんはラッキーやと思う。いったん部屋に戻りつつ、あっくんの写真を画面上にまた出してみる。
 抱いているのはあっくんの子どもなんやろうか。中学の時のあっくんには似ても似つかない、気がする。あっくんはもうちょい目ぇ細くて面長やったんちゃうかな。思い出せんけど。だってここに写ってるあっくんと思われるオッサンは、俺の記憶をまるで刺激してくれへんから。
 つまり、知らんオッサンにしか見えへんから。
 流石の俺も知らんオッサンを写真だけで捜し当てることはでけへんやろう。ていうかモチベーションがなくなりました。旧友に会える思ってたし、もしかしたら会うことで俺の人生第二ステージにいけるかも思うてたのに。
 まぁ俺もやれるとこまでやったよ洗濯も終わったし、という清々しい気分で、残りの金使い尽くす勢いで居酒屋で呑んだろうとしてて、まだそんなに酔う前のことやった。
 結局誰やねんコイツ、って、もずく啜りながら知らんオッサン映ってるスマホ画面に独りツッコミしてたら、
「それ、中村先生やないですか」と見知らぬ青年。
 おお、あっくんの苗字は中村やで。
 と思って振り返ると、俺の後ろからスマホの画面覗き込む青年は瞬きが異様に頻繁で。もずくが酸っぱすぎて俺咽せて。

「自然に囲まれて癒されるぅ」なんてアホ声で言うてる場合、そいつがおるところはだいたい天然自然ではなくて、人の手が入った林の中の、しかも登山道やったりする。下手したら里山の畑に面した古民家の縁側でそんなセリフをほざいたりしやがる。一から十まで人の手が入ってるとこで何言うとんねん。
 ここはそんなニセ自然やない。ホンマもんの原生林。手付かずの自然。
 そういう自然は決して人間を癒したりはせぇへん。むしろいつ襲いかかってやろうかと手ぐすね引いてる感じ。
 いかな豪胆で知られた俺やとしても、いや知られてへんけど、まぁ一個一個の物音にビビってまうんはしゃあないと言えよう。
 まずね、道なんてないね。たまに道っぽくなってるとこ見ると熊とか通った跡なんちゃうんってむしろ不安になるね。木々に隠れて空はほとんど見えへんからずっと暗いし、地面は苔だらけで滑るし、嗅いだことない匂いがし続けてるし、空気に水分量が多すぎて肌が気持ち悪い。
 なんも癒されることない大自然の中を俺は迷わず進む。まぁ案内人の尻にくっついてってるだけやけどね。
 見た目は10歳にいってへんのちゃうかという童。中国風の、丼逆さにしたみたいな帽子かぶって作務衣きてる。身体は小さいのに頭がアンバランスにデカくて、さらに目が異様にデカくて、そんでもって瞬きをまるでせぇへん。この案内童子を紹介してくれた瞬き青年と足して二で割ればええのに。
 電車の終点からバス2本乗り継いだ終点、そこで初めて会うた時に「はじめまして」と挨拶した時から、まるで口をきけへん。時折指で行く方向を指し示すだけ。目印があるようにも思えん森の中を逡巡なく進んでいく。時たま「ケーッ」っていう変な鳴き声出すからビビる。獣を避けてんのか、森の住人へのなんかの挨拶なんか、説明ないから分からん。
 もうかれこれ2時間は歩いてると思う。いつ着くんか、どこに向かってんのか、とか、無視される質問をすんのはもうやめたけど、さすがにダルくなってきた。でも自分一人では引き返すこともでけへんという地獄。これはあっくんにたどり着いたらだいぶ返してもらうべき貸しが増えてるわ。
 しかしあっくんが仙人になってるとは思わんかった。いや仙人とか、俺も信じてないけど、瞬き青年の言うにはそんな感じらしい。その世界?では高名?やっちゅうことで、青年はしきりに恐縮してた。僕はまだその域には達せなくて…とか知らんわいう自分語りしてたなぁ。
 家族を捨てて仙境に達した、んやとして、それを家族の元に帰してあげたらそら喜ばれるやろ。あの不細工な子どもも嬉しいやろ。そんならお礼もしたくなるやろ。いうわけで俺の作戦としては子ども、これね。写真を見せて「この子が泣いてるで」ちゅうてね。まぁありきたりやけど、効果はあるやろ。
 というかいつになったら着くねん。
 案内童子はたまに鳴き声あげるだけで一切歩を緩めへんし、そこかしこの草むらはガサリゴソリと思い出したように音立てて俺をビビらすし、空気は気持ち悪いし、おんなじ景色ばっかで飽きるし、何より疲れた。
 でも、不思議と腹が減らへんことに気づく。
 青年にあっくんの手がかり聞いて、もう見つけた気になってあの後豪遊してもうてカネがなくなったから(青年は快く交通費貸してくれた)、今日は朝からなんも食うてへんのにな。

 1週間は経った。たぶん。ちゃんと数えてへんけど。
 携帯はもちろん通じへんし、いつ戻るか分からんあっくん待つ以外にすることないし、猪が!とか熊が!とかいうことも起これへんし、喉も渇かんし腹も減らんし、排便排尿もないし、寝る以外にすることもない。
 最初の日にここで突然ピタリと停まった案内童子は、そっからほとんど動かんようになった。停止後に一度だけ「ここで待つ」と言って、しゃべれたんかい!って思ったけど、そっからは喋らんし動かん。
 不思議と夜も寒くならんし、落ちた葉っぱがええ感じのクッションになって横になんのも気持ちええし、食うことの心配せんでええからカネの心配もないし、待てと言うならまぁ待ちましょか、と思ってたけど、さすがに飽きるで。
 腹が減らへんのと関係あるんか知らんけど、携帯の電池も減らへんことに気づいた。最初はいざあっくんに切り札の家族写真見せる時に電池切れてたらヤバい思って電源切ってたけど、これはしめたもんやとゲームで暇潰すことにした。
 通信せんでええゲームになるから大したもんはないんやけど、これに童子が興味もちよった。身振り手振りでルール教えたら器用に遊びよる。
 1か月(くらいや思う、たぶん)もした頃には、俺らは二人でオセロとか将棋で遊ぶのが一番の楽しみになった。携帯を渡し合いながらやるんやけど、やっぱ人間相手やと結構飽きへん。
 あとはたまに覚えてる歌を歌ってみたり(わりと童子が喜ぶように見える)。
 木の実使ってキャッチボールみたいなことしたり。
 そんなこんなでなんとなく時が過ぎて。
 俺の腰くらいまでしかなかった童子の背も伸びて俺の肩くらいまで届いて。
 だいぶ言葉も喋るようになって。
 もうどんくらい時が経ったんかもわからんようになって。
 もちろんあっくんのことはもはやどうでもよくなって。
 そんなやつおらんかったんちゃうかなとすら思ってて。
 自由っちゃ自由。無為っちゃ無為。
 生きなきゃがないから死にたいもない。
 未来に変化を望めないから過去も平板化して意味を失っていって。
 これが仙境やとしたらしょうもない境地やけど、そもそもしょうもないのが人生なわけで、まぁ腹減らんかったら人間こんなもんなんやろね。
 どんどん執着がなくなっていくから、
 俺の身体が俺のもんやと感じられんようになってくるから、
 それだけはちょっと怖くて。
 こうして携帯のメモアプリに文章書いたりしてます。
 どこにも届かへんことばを。